Home Fun & Activities アラモアナセンターにてスラックキーギターへ敬意を示した展示会 「キ・ホアル」を期間限定で開催!

アラモアナセンターにてスラックキーギターへ敬意を示した展示会 「キ・ホアル」を期間限定で開催!

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Ki Hoalu

毎年5月はハワイアンミュージックやフラ、ハワイの文化に敬意を表する月として、今年も第6回メレ・メイが開催されます。アラモアナセンターではメレ・メイを祝い、センターステージとエヴァウィングステージにてハワイアンエンターテイメントを開催するほか、ハワイの伝統であるスラックキーギターに敬意を示した展示会、「キ・ホアル」をマウカウィング(6月30日まで)とブルーミングデールズ(5月25日まで)にて開催しています。

イベントスケジュール

アラモアナ・フラショー | センターステージ
毎日午後1時~
カヒコ(古典フラ)とモダン・フラを融合したフラショー

メレ・メイ エンターテイメント | エヴァウィングステージ
金曜日 & 土曜日 午後5時~(5月中)
5月中、毎週金曜日と土曜日の午後5時~5時45分まで、エヴァウィングステージにてメレ・メイ エンターテイメントをお楽しみいただけます。

キ・ホアル – ハワイの伝統、スラックキーギターに敬意を表して
モールレベル2F、マウカウィング 5月1日(日)~6月30日(木) 午後12時~午後5
ブルーミングデールズ(1階、化粧品売り場) 5月1日(日)~5月25日(水)
ハワイ語の「キ・ホアル」は直訳すると「キーをゆるめる」という意味があり、ピックなどを使わず奏者の指先を爪を使って演奏する、ハワイの伝統的なスラックキーギターを指します。今回の期間限定展示会では、貴重なコレクションを展示するほか、ハワイの代表的なエンターテイナーや、スラックキーギタープレイヤーもご紹介します。

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代表的なスラックキーギタープレイヤー

シリル・パヒヌイ
スラックキーギターのレジェンドとも呼ばれるフィリップ・”ギャビー”・パヒヌイの息子であるシリル・パヒヌイは、彼自身も才能あふれるギターリストでありシンガー。彼はウクレレを持つことができるようになるとすぐに音楽を学び始め、7歳でスラックキーギターを弾き始めました。12歳の頃にはすでにステージで演奏をしていましたが、特に正式な音楽のレッスンを受けたことはありませんでした。週末のパヒヌイ家ではいつも様々なミュージシャンが「マスター」でもある父のギャビーと演奏するために訪れ、ジャムセッションが行われていました。シリルはそのような環境の中、父と他のミュージシャン達の演奏を見聴きしながらという「古来の方法で」演奏の仕方を覚えていきました。彼の妙技とリズムへの適応性、そしてフレットより上の弦を押さえてベルが鳴るような調和音を用いた演奏などが、彼のスラックキーギター及びハワイアンミュージックへのアプローチとして挙げられます。今まで3度にわたりグラミー賞を受賞したスラックキーギターミュージックのコンピーレション・アルバムへ参加したシリルは、これからもライブ、レコーディング、ワークショップなどを通してスラックキーギターの楽しさと美しさを伝えていきます。

フィリップ・“ギャビー”・パヒヌイ (1921年~1980年)
フィリップ・“ギャビー”・パヒヌイは歴史上最も影響力のあるスラックキーギタープレイヤーとしてその名が知られています。「モダン・スラックキーギターの父」とも呼ばれる彼が初めてレコーディングを行ったのは1946年。ギャビー(若い頃に履いていたギャバジンパンツが由来のニックネーム)は、ハワイの伝統的かつ人気のある定番からオリジナル曲、他文化の音楽を取り入れた曲など、バラエティに富んだ楽曲をソロスタイルで演奏しスラックキーギターの垣根を広げました。さらに、美しいファルセットの歌声も持っていた彼の演奏スタイルと彼の人気は、ハワイにおいてスラックキーギターの文化存続に大きな影響をもたらしました。彼の活躍は世代を超えて認知され、1970年前半に起こったスラックキーギターを含むハワイの文化復興のきっかけとなる「ハワイアン・ルネッサンス・ムーブメント」の際にも様々な人々にインスピレーションを与えました。

ピーター・ムーン
ピーター・ムーンは若い頃ギャビー・パヒヌイが率いるバンド、マイレ・セレネイダーズに所属し、1970年代にはギャビーのマネージャーとしても働いていました。ギャビーの息子であるシリルとサンデー・マノアを結成した後、ローランドとロバート・カジメロ兄弟を新たなサンデー・マノアのメンバーとしてスカウト。1969年のアルバム、「グアバジャム」は1960年代後半から1970年代前半にかけてのハワイアン・ルネッサンス・ムーブメントへ大きな影響を与えた作品のひとつと言われています。

ソニー・チリングワース (1932年~1994年)
エドウィン・ブラッドフィールド・リロア・“ソニー”・チリングワースがスラックキーギターを始めるきっかけとなったのは、若い時に聴いたギャビー・パヒヌイのアルバム「ヒイラヴェ」。15歳でギャビーと出会い、その後はユニークな弦の弾き方、ベース、メロディー、難しいパートを滑らかに速く演奏するスラックキーギターのスタイルをマスターすることに全力を注ぎました。若手のギタープレイヤーにもマナオ(知識)を惜しまずに共有し、1980年代にはスラックキーギター界の政治に関わる人物の一人として敬われました。

レッド・カアパナ
レッド・カアパナはハワイ島の小さな村、カラパナの音楽一家に生まれました。一家はカニカピラ(「音楽を演奏する」という意)で知られており、時には何日にも渡って演奏を続けました。そこでレッドはスラックキーギターの演奏方法を見聴きし、真似をしながら覚えました。50年以上プロのミュージシャンとして活動したレッドは、多くのクラシックハワイアンミュージックが入ったアルバムを作成しながらも、ボブ・ブロズマン、ジェリー・ダグラスやリッキー・スキャッグスともコラボレーションしました。

ケオラ・ビーマー
ケオラ・ビーマーは、遡ること14世紀、5世代にわたってハワイで最も有名で愛されている音楽一家に生まれました。彼はハワイの伝統的なチャント(祈り)や楽器を現代の音楽に最初に取り入れたアーティストの一人でした。また、彼の母親は著名な祈祷師、作曲家、クムフラ(フラのマ
スター)でもあり、彼が最初にギターを演奏したのは母親のスタジオでダンサーたちの伴奏のためでした。1972年のアルバム、「ハワイアン・スラックキーギター・イン・ザ・リアル・オールド・スタイル」はハワイの伝統的な音楽のナヘナヘ(「柔らかく優しい」という意)な音の傑作だと言われています。

デニス・カマカヒ (1953年~2014年)
デニス・カマカヒはギャビー・パヒヌイやソニー・チリングワースから影響を受けながら、多くのスラックキーギタープレイヤーのように周りの大人が音楽を演奏するのを見て、その伝統を学びました。1973年にはハワイアンミュージックの歴史上最も影響力のあるバンドの1つであるサンズ・オブ・ハワイのメンバーとして、ギャビー・パヒヌイにかわり参加しました。1970年代と1980年代にバンドメンバーとして活動しながらも、彼が作成した「ワヒネ・イリケア」、「コケエ」、「プアホネ」、「カ・オパエ」などのオリジナル曲の数々は、今ではそのジャンルの定番として定着しています。

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